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御柱日記−小宮祭−

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いよいよ山頂に向け、曳航の日がやってきました。昨日の雨も上がり、草原には深い霧が立ち込めています。今、御柱は山頂に向けた道中の1750m地点、白い空気の中を見え隠れしながら、静かにその時を待っています。振り返れば、4月に実行委員会を結成し、木を見立て、切り出し、様々な準備をこの半年間重ねてきました。それも、この車山高原初の、山頂に向けての御柱曳航のためです。ここまで来るのには、委員会を始め様々な方々の協力&議論&紆余曲折を経てたどり着いた道のりです。過去だれも挑戦しなかったことを車山住民の力で行うのです。

いざゆかん!天空の御柱!1925mの山頂まで!

神事が始まりました。車山神社の神事をいつも司って頂いている篠原宮司の祝詞です。宮司により清められた御柱は、とてもすがすがしく見えます。そして実行委員会より曳航に集まっていただいた皆様へ、お清めの塩がまかれました。
めどやてこで、御柱の周辺を固める、若衆はやる気満々!気合満々です。出発の時間が近づくにつれ、住民だけではなく、観光のお客様もそぞろ集まり始めました。総勢約300名。それだけの人が集まりながら、実は本当に木は動くのだろうか?坂道を登ることが出来るのだろうか、不安は消えません。過去実績がまったくないのですから・・。



 

若衆がめどを練り始めました。御柱、ウオーミングアップ開始です。白樺湖をはじめ、応援に駆けつけてくれた、御柱に欠かせない喇叭の皆さんも気勢を上げてくれています。そして、この日の為に練習を重ねてきた子供木遣りが、霧の合間より差す日差しをスポットライトに登場!草原に響き渡る声でなき始めました。(木遣りは歌う!ではなく、なく!なのです)いよいよです!
次の木遣りが終わると曳航開始です。そして動き始めました。ゴツンという軽い衝撃のあと、車山の子供たちをめどに乗せ、草原の道を車山神社一之御柱出発です。
数十メートル行っては止まり、車山の子供たちが交代でめどに乗ってゆきます。行程の前半は登りとはいえ、比較的緩やかな草原地帯。霧もすっかり晴れ、蓼科山や眼下には白樺湖も見えてきました。陽が照り始め、参加者の額に、汗がにじみ始めたところで、大休止。みんなで給水です。のど渇いたー!大休止後、いよいよ車山名物(今後多分なるでしょう)、冬はダウンヒルのコースにも使われる、急坂の木上がり(普通は木落としなのですが)です。ここからが本当の正念場、歩いて上がるのもきつい急坂を、御柱を引っ張りながらさて、上がるのか?



子供木遣り「力をあわせてお願いだー」で御柱が再び動き始めました。今までと違い、若衆が段差あるごとに、木の先端を引き上げてゆきます。綱を引く引き子の皆さんとの息もぴったり。ゆっくりですが、確実に御柱は上がり始めました。そしてその時、絶対山頂に上がること、いえ、上げること、確信をしました。急坂を上がる御柱はまもなく、最大の難所、車山大曲(約270度の方向転換が必要)にさしかかろうとしています。胸突き八丁とはこの事でしょうか、足場は石がごろごろ、斜面はきつい、おまけに本当に空気が薄い!(マラソンランナーが心肺機能を高めるために、走りに来るぐらいですから)
「ところで、急坂に来てから実はうれしい誤算があることに気づきました。歩くのには大変な、石ごろごろは御柱にとっては、接地面が少なくなり、抵抗が少なくなるのです。おまけに石が回転するため、ころの役割も果たしまさに石車です。」

大曲で方向転換を無事終え、あと少しで山頂直下、お昼休みです。一同皆、力を振り絞っての曳航。リフトで山頂に来ていた観光のお客さんたちに迎えられながら、山頂より一段下の平地に御柱は引き込まれました。思わず拍手が沸きあがり、なんともいえない一体感です。振り返って眼下を望めば、御柱の通った黒い筋がかなたより、足元まで続いているのがみえます。神様が通ってきた道筋です。

到着後、山頂直下の平で軽い昼食となりました。炊き出していただいた、おにぎり、トン汁の美味しい事!この後最後の難関、階段上がりが待っているので、気を緩めることは出来ませんが、皆、英気を養っています。
30分の休息の後、いよいよ、最後の社への階段を、上り始めました。掛け声「よいてこしょ」合いの手「よいさ」で一段、一段、御柱は山頂を極めようとする登山者の、最後のがんばり、あがき、もがきにもみえます。そしてとうとう1925mの山頂に、やってきました。

ついに、御柱は登頂したのです。誰からともなく、万歳の声が沸き起こりました。やりました。本当に。。。

さて御柱は登頂を、はたしましたが、最後の仕事が待っています。社の周りに建立して初めて御柱は御柱となるのです。「冠落としの儀」といい、先端を三角錐に切り落とす神事を、それぞれの役割で、労してくれた責任者に斧を少しずつ入れてもらい、いよいよ「建て御柱」です。

皆の思いのこもった柱を、また皆の力で建ててゆくのです。御柱は1925mの山頂より更に高い、天空にゆっくりと立ち上がってゆきます。そして、垂直に立ち上がったところで、垂れ幕が、御柱より下りてきました。車山の子供会がお手製で作った垂れ幕です。「やった日本一高い御柱」住民が生活している地域で、曳航をする御柱としては、多分一番高い場所で行われた御柱祭。見事、地域住民の力で完結することが出来ました。

これから7年間、御柱は信州の山々を望みながら、車山高原の住民を見守って頂ける事かと思います。皆さん、参加いただいた方々、本当にありがとうございました。そしてお疲れ様でした。また7年後お目にかかりましょう。

山頂に、いつもとは違う風が、通り過ぎていったのを、ふと感じたのは、私だけだったでしょうか。