第14回 佐々木久人「高原の四季・光と風」
車山周辺の素晴らしい大自然を次世代に残したい・・・そんな想いから描き始めた油絵作品を展示。県内で14回目となる作品展では車山周辺のみならず、周辺地域の四季の美しい風景を余すことなく表現した作品でいっぱいです!
開催詳細
期間
2009年8月1日(土)〜8月23日(日)
場所
車山高原スカイシティ1階特設ギャラリー
→車山高原周辺案内図
時間
8:30〜17:00
入場料:無料
開催タイトル
「高原の四季」
チャリティー
作品を絵はがきにしたカレンダーを作成致しました。カレンダーの売上全額は作品売上げの一部を加えて、「ユニセフ」・「ながの子供を虐待から守る会」などへ寄付を行っております。皆様の温かいご協力を心よりお願い申し上げます。
佐々木久人氏 略歴
- 1937年 長野県南佐久郡畑八村(現・佐久穂町)生まれる。
- 1953年 長野県立野沢北高等学校入学。同校美術教師、一水会会員、山岳画家協会会員・荻原孝一先生に師事。長野県「県展」入選。「日本学生油絵展」入選。
- 1958-61年 京都工芸繊維大学工芸学部意匠工芸学科入学。同大教授 光風会の重鎮、日展鑑査役の山田真一先生に師事。光風会京都支部に入会、「支部展」の入選を始め、京都府「京展」入選。1960年出身地が町村合併で八千穂村となり、誕生した八千穂中学校の校章デザインを依頼され、八ヶ岳と千曲川をモチーフにデザイン。翌年八千穂高原の自然保護・観光事業に協力し、白駒ノ池を中心に「北八ヶ岳」のシリーズポスターを制作。「京都産業美術展」に入選 。
- 1962年 松下電器に入社。マーケティング・宣伝広告戦略に専念。油絵制作は夜のみ。
- 1978年 電子レンジのCMで森昌子と共演、3年間続く。森進一との結婚記念に森昌子の代表曲に因んで「彼岸花」の油絵を贈る。

- 1987年 国内若者向けに「Panasonic」ブランドを導入。CMキャラクターに映画監督ジョージルーカス氏を選び交渉。その決め手が「国宝・三月堂」の油絵プレゼントとなる。氏は大の「日本文化財」ファンであった。
- 1988年 車山高原のリゾートマンションをアトリエにして信州の自然の制作活動開始。
- 1992年 松下電器が買収した総合娯楽会社「MCA」(現ユニバーサル映画含む)のマーケティング責任者として3年間LAを往復。スピルバーグ監督の「ジュラシックパーク」の世界プロモーションを手がける。
- 1994年 松下電器を55歳で退社。同志社大学と母校の京都工芸繊維大学の講師となる。「知的創造社会の消費」を出版。
- 1995年 2月に東京、3月に大阪で毎日新聞と読売新聞の協力で阪神大震災救援「油絵作品展」を開催。絵はがきと作品の売上の一部を兵庫県に寄付。
- 1996年 出身地の長野県八千穂村「くろさわギャラリー」で油絵作品展「八千穂高原の四季」を開催。絵はがきの売上げを村の社会福祉協議会に寄付。その年の八千穂中学卒業記念として作品が採用される。
- 1997−2008年 アトリエの所在地・車山高原で「車山の四季」油絵作品展を開催 。 21世紀の子供に信州の美しい自然を残したい、自然環境の保護を伝えたいという気持ちが高まり、八千穂の「黒沢ギャラリー」で6回、車山高原で6回の作品展開催となった。好評だった「作品絵はがき」はその後来年のカレンダーとなり現在に至っている。その売上金のすべてと、作品の売上げの一部を福祉事業に寄付することが恒例となった。11年間の実績は長野県社会福祉施設センター3回、八千穂村社会福祉協議会6回、ユニセフ6回、フレンチブルーミーティング6回、ながの子供を虐待から守る会1回である。
- 2009年 車山高原において「高原の四季・光と風」通算14回目の作品展開催。寄付予定先はユニセフ、ながの子供を虐待から守る会、フレンチブルーミーティング実行委員会。大学講師は2000年に母校、2009年3月に同志社大学を退任。現在は聖泉大学講師。
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