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[美咲]メッセージ

みなさん、はじめまして!『音楽の奏原2005in車山高原』イメージアーティストの美咲です。

車山高原には、昨年「音楽の奏原」で出演したのがキッカケで、よく遊びに行かせていただいています。 はじめて車山高原を訪れたときに感じた、地上と空の境界線が無くなってしまうような開放感、草原の青々とした緑、 高山植物の美しさ、気高さ…全てが鮮やかでした。車山山頂にも足を運んだのですが、岩間に根を張り、 強い風に吹かれながら、細い茎を揺らし咲いていた薄紫色の花に私の視線は釘付けになりました。それ以来、 その薄紫色の花が心の隅に存在しつづけ、約一年が過ぎた今年の春『天空の花』という曲として形を変え、 この世界に再び生まれてきました。まさに「音楽の奏原」で天空の花の“種”をもらったのだなぁと感じました。 今年もまた、いくつもの虹色の音色が空気へと溶け合い、素敵な音楽の風が車山高原を包み込みこむ『音楽の奏原』に参加できることを本当に嬉しく思っています。

美咲は、私が私として自覚をする前から、音楽が、歌うことが大好きな少女でした。悲しい時、苦しい時、 切ない時、嬉しい時、全ての場面において、歌は、私にとってなくてはならない親友のような存在でした。 中学校の時に、私の人生を変えた恩師の音楽の先生と出逢いました。先生は私に、音楽の楽しさ、素晴らしさ、 重要なことをとても熱心に教えてくださいました。高校に入り、本格的に音楽大学に行く準備を始めました。 そして高校2年生の12月、人生の転機が訪れます。進路を音楽大学進学ではなく、就職に変更したのです。 自分の心の在り様、周りの状態、さまざまな要因が重なりその決断をしたのですが、一ヶ月半悩むことになりました。 そして、2003年の2月、どうしようもなく「歌いたい」という爆発的エネルギーが、私を松本駅前へと運び、 自分で作詞作曲し、ギターを弾きながら歌う、美咲のスタイルがだんだんと出来上がってきました。 本格的に美咲として活動を始めたのは、高校を卒業した2004年の4月からです。通常のライブのほかに、音楽の可能性や、 役割、私にとってできることを最大限にやってみたくて、環境、福祉、人権、医療などの現場に歌を届けに行くmind☆blossomというプロジェクトも始めました。 私の作り出す歌には、無意識のうちに、自分の目で見て肌で感じた信州の自然や生き物たちがひょっこり顔を出している気がします。 歌っている時はその瞬間に存在する姿形の無い「音色」という微粒子たちが風に乗って運ばれて、子供達の笑い声も、 歌を聞いてくださる人も、別の事をしている人も、腰を据えておしゃべりをするおばあちゃんも、山も、空も、鳥も… 全ての輪郭が無くなって、肉体もなくなって、国境もなくなって、かつて宇宙のチリから作られた、 繋がっている全ての“命”の輝きを感じます。様々な場所で歌わせていただき、音楽を通してたくさんの方と出逢うことができること、 そこからまた更に広がっていけることの喜びを日々噛みしめています。

『音楽の奏原in車山高原』では、数え切れないほどのそれぞれのドラマやStoryが展開し、音楽の奏原にそれぞれの花が美しく咲き乱れるのだと思います。 みなさんの幸せの音色が車山高原に突き抜ける風に乗って、どこまでもどこまでも広がっていくように願っています。 どうぞ、自分の中から湧き出てくる音楽に耳を澄ませてください。そして、その音楽の方向へ走り出してください。 天空のゲートをくぐるともう間近です。音楽の奏原へようこそ!

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